大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岐阜家庭裁判所大垣支部 昭和39年(少)414号 決定

少年 G・Y(昭二三・九・一生)

主文

この事件について少年を保護処分に付さない。

理由

検察官送致にかかる審判に付すべき事由は「送致書引用する」というにある。

よつて按ずるに、当日少年は、右学校○○寮の金属製二段ベットの下段に同郷出身の○滝○慶とベットを並べ、周辺を自製のカーテンで張り廻らし、東隣のベッドとの間はそれ等の者が施した風呂敷による境界を為した一劃に、各ベッド上に敷かれた一畳宛の畳の上に更に敷ぶとんと毛布、着ぶとんを重ねて敷き、十時半の消燈後は押収にかかる自製のローソク立(証第一号)に自分で買求めた使い残りのローソクを立て、自分は右ふとんの中央辺に西向きに坐り(安座)その前に押収にかかる錻力罐の蓋(証第二号)を台に、その上に前記ローソク立を置き(西側カーテンより約三〇センチ位離し)ローソクに点火して一一時すぎ頃まで読書したるも睡魔の為め右燈火具はふとんの上に置いたまま眠つてしまつた。その際ローソクの火はふき消したか否かの記憶が無い。然して眼を覚ました時には足許の中央通路の天井近くが真赤に燃えていた。その際南側、西側のカーテンは既に無かつたように思う、といい、検察官は右ローソク立のローソクは点火された儘であつた為め少年の就寝中の動揺のためローソク立は蓋と共に逆に転倒し、よつて寝具に着火し燻焼を開始し翌○○月○日午前〇時二〇分頃即ち少年が就寝後約一時間二〇分位後に至り少年等のベッド周囲のカーテンに燃え移つて炎上し、記載の少年等の起居する○○寮を全焼させ、そのため同寮生○木○典(当時一六歳)を焼死するに至らしめた。

これ等の事実は少年の司法警察員に対する供述、同寮生○島○夫外一八名の同様司法巡査若しくは司法警察員に対する各供述調書、司法警察員作成の実況見分調書、医師井上芳之作成の死体検案書などによつて証明せられるというのである。

なるほど右実況見分調書によると、少年G・Yのベッドには別添第六図に示す位置(幅一・〇二米中、外側に〇・三米と〇・四米を拒てて)に焼け残つた掛けぶとんの上に焼けただれた錻力罐の蓋がひつくり返つて載つており、この蓋を取り除くと厚板に釘を打ちつけたローソク立(証第一号)が西北方面へひつくり返つていた。このローソク立を取り除くとその下の部分の綿が白く燒け残り、釘のささつた痕が明瞭に残り、その部分の綿にローがしみてかたくなつていた。

又ローソク立にはふとんに接着していた部分を残して表面は炭化し上面(釘の突出た面)に燒け残りの布が付着してこの布にもローがしみていた、とある。

よつて検するに焼け残つたふとんは未押収であるから見分しようも無いが、証第一号のローソク立は逆に転倒した下部と思われる一面を残し裏表とも表面は炭化しているに拘らず釘を打ちつけた上面には右記の如くローの為めふとんの布と思はれる布片が木面に密着し、又釘の尖端には矢張りローのしみた白布片が周辺を黒く焼いて突きささつている。

このローソク立の木面部にふとんの布と思われる布片がローにより密着し且つローのしみた布片が釘の先端に突きささつているのは如何なる原因によるものか。

先づローソクが前記の如きローソク立の平常の姿勢で燃えたならば無風状態であればローは殆んど余すところなく燃えて他面に流れ出るようなことがないことは日常経験するところである。

であるから前掲事実(ローがふとん布などにしみている)はローソクが正常のまま燃え尽きた、従つてローソクがローソク立に立つたまま燃え続けているうちに他の可燃焼物に点火して火災を生じたことにはならぬことは多くの疑いがない。

然らばローソクがローソク立のまま横転または逆転した状態の場合は如何、

当裁判所の実験したところによると、このような場合、特別の事情がないかぎりそのまま燃え続けるのが普通のようである。然かもかかる場合はローソクの燃焼はローが横下面に流れ出る関係から急速に燃焼を続け、立てたままだと四時間余もかかるものが横転した姿だと十分足らずで燃え尽きることが実験上判明した。又このような場合には下に流れ出たローは火の熱気の為め地面に急速に拡がりこのローの煤介によつて紙、布、綿の如きものは直ちに燃え始め、煤介物を焼毀するに至り、タバコの火又は線香の火をふとんなどの上に落した場合の如く、屡くの間燻焼し、然る後発火の段階をたどるというようなことはないようである。

本件のローソク立を横転させると大体四五度の角度をもつて斜めに倒れるから釘の上にローソクがつけば角度は更に鋭角になるが、その間に相当のすき間があるため地面(本件ではふとん)と密着した部分を除いては可燃状態であることも極めて明かな事実である。

果して然らばかかる場合、本件ローソク立(証第一号)の如く釘のある原板の上面に如何にしてローのしみた布片が密着したか、

少年の説明では本件事故以前に木面に布を附着せしめたことはないといい、又わざとローソク立に布を張るということは考えられない。

この点は右ローソク立が横転したまま燃えつづけた場合によつては経験則からいつても説明が困難であることは多言を要しないであろう。

次に実況見分調書によると、前記ローソク立は西北方面へひつくり返つていたというのであるから、若しその恰好で燃え続けたものとすれば、少年の北側にふとんを重ねるようにして寝ていた(少年の供述)○滝○慶の方向に向つて火勢は進んだ筈である。

然るに少年の供述や右○滝の調査官に対する供述を綜合すると同人は少年よりも遅れて火事を発見し逃げる際も後であつたに拘らず掛布団はこれを持ち出し損傷があつた跡が見られない。

又二毀ベッドの下段は高さが安座して漸く坐れる程度であり、且つ広さは畳二畳敷の約一坪の面積を周囲をカーテンで囲い、殆んど密閉したような一劃で、送致書記載の如くローソクが転倒し寝具に着火し相当時間燻焼した後発火してカーテンに燃え移つたものとすればその間綿の燻焼による煙によつて先づその部屋の中に居るものが第一番に眼覚めるのが普通であると思われるに拘らず、少年や○滝の発見は他の寮生よりも遅れている。(少年が外に出た時は既に他の寮生が水道から水を汲んでバケツで消火していたとの供述)。

仮りに燻焼を続けず直ちにふとんに着火したとしても当裁判所の実験によると約〇・三米のカーテンまで燃え拡がるには約六分間を要し、その間部屋は相当の熱気と煙が充満し、カーテンに着火する迄(少年の供述によれば同人が眼覚めた頃はカーテンも燃え尽きて無かつたように思うという)二人、或は風呂敷のカーテンを隔てた他の二人を含めた者達が何れも全然気付かず寝ていたということは如何に年少者の寝入りばなと雖も首肯し難い。

眼を転じて暫く他の寮生の火災発見当時の状況を見ることとする。

先づ、少年と南北の通路をへだてた西側(真向い)の上段ベッド(この周囲にはカーテンは無かつた)に居た○橋○明の供述調書によるとわたしは火災後間もなく睡して腰を起して見ると○島(○橋の同じ側で南隣ベッド)の北側カーテンがふわふわしながら全体に燃え、天井にも火がなめておるのを発見した、その時通路を離れた東側の○下、○村君の上下にしてあるカーテンも燃えているように見えた、と供述し、真向え下で直ぐ気付く筈の少年や○滝等のカーテン若しくはその上の天井の燃えていることに気づいていない。(少年のカーテンから炎上したものならば当然その上の天井に燃え移り然る後他に燃え拡がるべきが理の当然であるにかかわらず)。

又同人は更に(○下、○村等の)火は直ぐ天井にパイプを通して衣類をかけるようにしてあつたカッターシャツに燃え移りましたので私はこの火をみてびつくりし思わず北の○君の寝台に出て下に降り北の出入口に逃げた、一度外に出た後自分の持物を出そうと思つて戻つたところ北の出入口を一、二米入つたところ(これは少年や○滝のベッドの手前の中間頃、実況見分調書添付第四図)屋内一面煙がまいて火は私が最初発見した○○曽、○島等の上部附近が燃えているだけでした、と詳細に述べているに拘らず火元と見られる少年等のベッドの辺や上部天井のことについては全然述べていない。

又少年の直ぐ南隣りの下段ベッドに寝ていた○村○男は、ひと眠りした頃、頭のあたりがものすごく熱いので何気なく起きてカーテンを開けて見ると天井から火のこのようなものが落ちてくるのに気がついた。天井を見ると僕の足の上にあたる辺の天井が約一米四方位燃えていますので火事やと思つた。ベッドから降りよく見ると丁度隣のG・Y等のベッドが一諸にある辺のカーテンが燃え、又反対側のベッドで○中等の一諸に寝ているベッドの斜上の辺も燃えていた。

G・Yはどうしているかと思つてベッド内を見るともうおらん様子であつた、僕がG・Yのベッド内を見たのはカーテンを開けたのでなく少し開いていたのでそこから見たのです、と供述し、既に天井が燃えていた当時まだG・Y(少年)のベッドのカーテンは存在していたと述べている。

又○島○夫(右○村の直ぐ西隣)は目の前が明るいような感じでしたので目をさますと僕のベッドの上の天井が半畳位燃えていたところで煙はそんなに出ていなかつた。周囲は割合いにはつきり見えていた、と述べ、天井が燃え初めた頃(半畳位という)の場所は同人の寝ていたベッドの上といつている点からして、如何に夜間距離感の不正確な時と雖も自分の頭の上と他とを混同するとは思えない。

その他多数のものの供述は右○島と同一場所を指定するものが殆んど大部分といつても過言でない。

それで少年に対し、自分の過失による火事と思うとすれば何を根拠にそう思うかと尋ねたところ、同人は当時警察で取調べを受けた時、正直に火を消したかどうか覚えが無いといつたところ、警察官は自分の上の○下君が一番負傷の程度が高いので、それは火元の上で寝ていたためだといわれてなるほどそうかと思つたというのであつて、同人の供述調書の内容は警察官の誘導が相当あるのでないかとの疑いがある(○下○夫の調書と対象しても)。

これ等の疑問と、前記ローソク立の表面部分の板に少年にも全然覚えのない布片がローで密着している事実と右ローソク立の在つた場所のふとんにローがしみたまま白く焼け残つていた。又ローソク立の釘の尖端にもローでしみた小布片が周囲を燻して突きささつていたという実況見分調書の記載並に押収にかかる証第一号の存在を綜合検討するに、前記当裁判所の実験の結果に徴してもローソク立がいうが如き状態で横転し燃え続けてふとんに着火した場合を想定するに、ローソクの火の接した部分はローの煤介により燃え上り焼毀し尽し布片がそのままローによつて板面に接着するということは考えられない。

又ローソク立の釘の尖端にローのしみた布片が焼け残つて突き剌つているということも前記経験からは想定出来ない。

又少年が睡気をもよをして眠つたのが一一時頃とすれば発火時が〇時二〇分頃というのであるからその間に一時間二〇分位の時間がある。

而して右当裁判所の実験によれば横転して火が煤介物を通じてカーテンに燃えうつる迄には僅か六分位を要するのみで、相当時間燻焼したのち発火するということはローソクの場合考えられないので火災発生の数分前までは少年のローソクは正常の姿のまま燃え続けていたものと思われる。

少年の使用ローソクの燃焼時間が大体三時間乃至四時間とすれば、当時使用のものは使い残りであつた(大体半分位という)というから、完全燃焼までは一時間半乃至二時間と推定される。

而して少年がローソクに火を点じて勉強を初めたのは十時半頃というのであるから、出火時までは大体二時間余燃え続けたわけである。

果してそうすると右ローソクは煤介物に着火当時は殆んど燃え尽したか、然らずとするも残りは僅少であつたことが理の当然である。

然るに右実況見分調書によると、ローソク立のあつた下の部分のかけぶとんはローでしみて白く残つており釘の尖端にもローでしみた布片が突き剌つて附着しており、又ローソク立にはふとんの布片と思われる布が一面に固く密着している、というのであるから相当量のローがこれに要したことは明かである。

以上事実を綜合勘案するに、前記の如く少年等の寝室である僅か一坪位の然かも周囲をカーテン等で遮蔽された一劃で相当時間いうが如くふとんの棉を燻焼又は燃焼する時は、発する煙の為め到底安眠を継続することは考えられないのに少年が目覚めた時は煙に気付かず、向側の天井やカーテンの燃えているのみが見えたといつて、発火地点である自分の着ているふとんの火には全然気付いていないというのも不思議である。

これと前記ローソクの火の燃焼による焼毀状態と右実況見分調書の記載並に証第一号のローのしみた布片の附着の事実から想像すると、むしろ相当のローの残存せるものがそのまま何等かの熱で溶融し、高熱のまま布片にしみこみ燃焼する前に水等で冷却したため前記の如き状態を呈するに至つたのでないかとの疑を持つ蓋然性が強いものを感ずる。

果して然らば、本件について、他に少年の過失等認定する何等の証拠もない(少年の司法警察員に対する供述調書並にこれを前提とするが如き○滝○慶の調査官に対する審訊調書のうちの記載は前記事情により措信しない)現在においては到底少年を刑事又は保護処分に付することが出来ないことが明かであるから少年法第二三条第二項前段に従つて主文のとおり決定する。

(裁判官 米本清)

参考

審判に付すべき事由

被疑少年G・Yは大垣市○○町×××の○番地○○自動車高等整備学校○○寮の寮生として同寄宿舎に寄宿中のものであるが、

(一) 昭和三九年○月○○日午後一〇時四五分頃の消灯後寮内二段ベット下段の自己の使用する寝床、布団上に錻力罐蓋を敷き木片に釘を差した手製のローソク立を置き、これに立てたローソクに点灯し、この前に安座して読書していたところ同日午後一一時半頃に睡気に堪えられなくなり就寝したのであるが、このような場合同人としてはローソクの火を完全に消し寝具或いはベット周囲に張りめぐらしたカーテン等に着火する危険を除去する注意義務があつたにも拘らず、睡気のため不注意にもこれを怠り、ローソクの火をそのまま消さずローソク立の載つている掛布団をめくつて就寝した過失により、前記ローソク立は掛布団の動揺のため転倒して寝具に着火し燻焼を開始し翌○○月○日午前〇時二〇分頃に至り同ベット周囲のカーテンに燃え移つて炎上し、よつて大垣市○町○丁目○番地○田○三(三六歳)が管理し、舎監○納○芳一家六名、および寮生○木○典外一一七名等の現に居住している木造平家建スレート葺二七九・三七平方メートルの寄宿舎一棟を全焼し

(二) 前記寄宿舎は金属製二段ベットが密接し多数の寮生が就寝しており深夜に出火すれば或いは逃げ遅れて焼死する者が発生する危険があつたところ前(一)掲記の過失により同寄宿舎を炎上せしめたため同寮生○木○典(一六歳)をして焼死するに至らしめ

たものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例